第122回  閑話休題 ~「キラリナ吉祥寺」開店!ゴールデンウィーク・GWの吉祥寺の楽しみ方(2)

























さて、ゴールデンウィーク特集Ⅱ

前回は、吉祥寺駅東側で開発が進みつつある「末広通り」から、吉祥寺東部を南北に貫く「水門通り」を経由、井の頭恩賜公園の南岸をグルリとまわって御殿山に至る、というルートをご紹介しました。ここで再びキーワードを申し上げれば「キラリナ吉祥寺は、まちあるきの"最後"」ですね。ゼロサム&有限な体力を、ぜひ「吉まちあるき」に振り向けてみて下さい。

それでは後篇スタートです


■写真:吉祥寺本町二丁目計画新築工事(ユニクロ入店予定)





11.実は公園の原点:井の頭自然文化園




















前回の最後は「東京”市”井之頭恩賜公園」石碑でした。

そのほど近くにあるのが「井の頭自然文化園」。御齢67歳(2014年1月)を迎えるタイ産まれのインド象「はな子」さんで知られていますね。今も元気に水浴びをしていることでしょう。

さて

Blog de 流の見所として4点挙げるとすれば、1点目はまず「はな子」さん

皆さんもよくご存じの絵本「かわいそうなぞう」(金の星社)の物語。類計発行部数が200万部を超える不朽のベストセラーです。戦時中、東京の空襲激化に伴う猛獣殺処分の対象となった3匹の象の物語ですが、この中で餌をもらいたくて最後まで芸をしようと頑張りつつ餓死した象の「ワンリー」日本名が「花子」でした。戦後に来日して、その名前を引き継いだのが、現在の「はな子」さんです。ワンリーさんの分まで長生きしてます。

そんな物語を重ねてみるのも良いかもしれません。 

























■参考:「かわいそうなぞう」( 金の星社)


次に園内を見て気づくのが、ニホンカモシカヤクシカツシマヤマネコニホンリスなど、飼育されているのが日本産動物が多いこと。また水生物館では、日本産淡水魚や両生類が多いですね。

この自然文化園が開園したのは、第二次世界大戦の真っただ中。ミッドウェー海戦で日本が敗退した「1942年」のこと。

 この年は第21回衆議院議員総選挙(翼賛選挙)大東亜省設置愛国百人一首が発売され、戦時統制が強化されていった時代です。

生活に統制色が強まり始めたこの時代に「行楽の間に自然科学の知識普及の向上に寄与する」目的で建設された自然文化園の歴史的経緯と、日本産の動物が多い点は無関係ではありません。














■写真:ミッドウェー海戦(Wikipedia)


そして3点目に、そもそもこの地には、明治の財界の重鎮「渋沢栄一」氏がトップを務めていた「東京市養育院感化部(井ノ頭学園)」の跡地に造成されている点。その渋沢栄一氏と、東京市技師の井下清氏が邂逅し「この地に、世界に負けない郊外公園を作ろう」と意気投合した場所です。

いわば井の頭恩賜公園の原点であり、例えるならば、三国志で劉備・関羽・張飛が意気投合した「桃園の誓い」に似た地と言っても過言ではありません。




 



















■写真:渋沢栄一像 (千代田区大手町常盤公園)

そして4点目。井の頭自然文化園で「はな子」さんの長寿を祈念した後は、公園の外れに足を運んでみて下さい。長崎平和祈念像の作者として有名な彫刻家北村西望氏の塑像が多数立っています。同氏の著名作品の一つが長崎平和記念像ですが、その原型模型やラフスケッチが同氏のアトリエのあった井の頭自然文化園の中に静かに保存されています。


















 ■写真:平和記念像原型(井の頭自然文化園HPより)



12.吉祥寺のガンジス:玉川上水とその遺構

井の頭自然文化園入口から吉祥寺通りを南に5分程度歩くと見えてくるのが「万助橋」交差点。この交差点はやや複雑な構造なのですが、なぜかといえば交差道路の中央部に分離帯があるから。その分離帯に鬱蒼と茂る雑木林を流れる小川こそ「玉川上水」です。
























玉川上水には全部で20弱の分水がありますが、この武蔵野・三鷹エリアで分水されるのが「品川上水」です。かつては北品川の細川家屋敷に配水する上水で、玉川上水分水路としては最長を誇りました。昭和20年に廃止、水路そのものは現存しませんが、その面影を感じるのが、この分水杭

■参考:吉祥寺のガンジス?街を育んだ母なる流れの謎に迫る!!(5)
http://www.kichijoji-city.com/2012/07/blog-post_28.html#more


かつての用水に面して設置されていたのでしょうか。玉川上水緑道に対して斜角で設置されている点はかなりの高ポイントです。分水杭の脇には水門跡があり、かつて品川用水に分水していた様子を感じることができます。

























■参考:吉祥寺のガンジス?街を育んだ母なる流れの謎に迫る!!(最終回)
http://www.kichijoji-city.com/2012/09/blog-post.html#more




13.兵どもの夢の跡:市道に残る鉄道境界杭




 

 

















街の地面にはさまざまな歴史の痕跡が残されています。 

この"工"の字が刻まれた杭は、鉄道用地との境界線を示すものなぜこの杭がそこに埋められているのか。Blog de 吉祥寺編集部でも、その経緯は正直全くわかっていません

ただし1つだけ、仮説に結びつく事実は、かつてこの地は井の頭線の前身「帝都電鉄」の初期計画ルート上であった点でしょうか。初期計画では武蔵野台地を開削して、立体交差を多用した「急行鉄道」(初期計画の名称:渋谷急行電鉄)であった井の頭線。



















■参考:渋谷急行電鉄への目論見書変更願い
    (国立公文書館所蔵)
  

昭和恐慌の折、事業費縮小を迫られルートは掘割の必要が少ない神田川沿いに変更、現在の井の頭線のルートに落ち着いた経緯があります。




 

















そして、吉祥寺駅近傍の変更前のルートは、現在の井の頭自然文化園を西側からグルリと回り込んで三鷹駅側から吉祥寺駅にアプローチするルート。国鉄の鉄道杭「工」のマークなのですが、もしかしたら仮に計画のみならず用地買収まで進められて、その時に設置された鉄道杭だとすれば、まさに約1世紀の歴史を持つ重要な産業遺構のはずです。

■参考:帝都電鉄目論見書(国立公文書館所蔵)



14.今だけの姿:駅南口再開発予定地



 
















さて、御殿山の雑木林から駅南口に戻って注目したいのが、この再開発予定地ここが整備されてバスロータリーになりますBlog de 吉祥寺予想では2020年までに竣工する予定ですね。昭和44年の中央線高架化を皮切りに始まった吉祥寺駅北口南口で進められている再開発事業「約50年」の集大成です。現在の残る姿を目に焼き付けておきましょう。

■参考:吉祥寺の街が変わる!?進む再開発事業とは (7)
http://www.kichijoji-city.com/2013/09/blog-post_7.html#more

■参考;吉祥寺の街が変わる!?進む再開発事業とは (8)
http://www.kichijoji-city.com/2013/09/blog-post_15.html#more




15.吉祥寺村の歴史が刻まれる:南北自由通路









 









 さあ南口に別れを告げて新しく開通した「南北自由通路」を通って北口へ移動します。この自由通路、注目したいのが京王吉祥寺ビル側と駅舎(アトレ)側の建築上の取り合い点と高低差

かつての自由通路もこの取り合い点を境に全く様相が変わっていたのですが、自由通路でもやはり若干様相が異なっています。





 














もともと歴史的には五日市街道に沿って開発された短冊形の農地をベースに発展してきた吉祥寺村ですが、一方、その後にその短冊型の農地区画を斜めに横切る形で敷設されたのが旧甲武鉄道(JR中央線)です。

つまりAtre側は旧甲武鉄道(JR中央線)の区画京王吉祥寺ビルは吉祥寺村(農地)の区画で建てられており、「農地」「鉄道」の論理が交わるまちづくりの歴史的に貴重なチョークポイントです。たかが建物敷地境界と思うことなかれ。ぜひ、その歴史経緯をつぶさに感じてみて下さい。

■参考:副々都心の商業地域へ!?。吉祥寺駅周辺開発の歴史を探る!(10)
  http://www.kichijoji-city.com/2011/05/blog-post_22.html





 

16.吉祥寺のオアシス:月窓寺三蔵法師像

さて、南北自由通路を出て大勢の来街者でにぎわう駅前のアーケード「サンロード」を抜けると左手に見えてくるのが「月窓寺」。吉祥寺には吉祥寺という寺はありません。月窓寺を含む4つの通称「四軒寺」があります。




















もともと吉祥寺駅の設置においても、「汽車からの火の粉で農作物や家屋が火事になる」と反対運動が起きていた時代に、現在位置に駅舎を引き受けたのもこれらの寺社でした。 

まさに吉祥寺の街はこれら宗教施設を重しとして大型店が軒並み駅半径200m程度に分散立地された中央線沿線の街の中でも珍しいタイプです。

余談ですが、欧州ではこういったまちづくりが珍しくありません。








 


















そんな月窓寺の中にあるのが昭和55年に建立された三蔵法師像。その必然性はともかく、静かなオアシスに佇む姿は一見の価値ありです。言わずもがなお寺とは言え、私有地かつ墓地でもあります。静かに参拝しましょう。



17.吉祥寺村創始の記憶:安養寺庚申供養塔

さて、サンロードを抜けると五日市街道にぶつかります。


この五日市街道沿いにもカフェやビストロ・トラッテリア、ギャラリーが出店しており隠れたお奨めスポットとして雑誌に紹介されていますが、Blog de 吉祥寺がお奨めしたいのが吉まちあるきをめぐる歴史探索のハイライト、四軒寺の一角、安養寺にある「庚申供養塔」です。




 



















この「庚申供養塔」が建立されたのは、実に1665年のこと。江戸明暦の大火の被災者が吉祥寺門前からこの地に移住し、幕府の積極的な農業経営施策の元、この地を開発して、初めて検地を受けた翌年のことです。

いわば吉祥寺村「創世期」に建立されたものなんですね。

明暦の大火の被災者によって拓かれ、関東大震災、第二次世界大戦の大規模空襲を経て、多数の被災者が移り住んだこの吉祥寺の街は、まさに「被災者」の街といえるでしょう。そういった350年の歴史をつぶさに見守ってきたこの供養塔は、きわめて歴史的価値の高いものです。


















供養塔に参拝しながら、被災者の皆さんに想いを馳せてみてください。ちなみに安養寺もお寺さんとはいえ私有地です。心静かにお願いします。


ということで

存分に「吉まちあるき」を楽しんでいただいた後、最後に「キラリナ吉祥寺」に戻ってきて見て下さい。


















テナント構成は「ユザワヤ」「啓文堂」「京王アートマン(atman atman)」でほぼ4フロア。残りで「吉祥寺初出店」たる渋谷・表参道文化圏からJournal standardやBEAMSなど、ブランド力&集客力ある店舗を構えています。

渋谷や表参道まで足を伸ばさずとも、こういった流行のテナントを吉祥寺で眺めることができる、というのはとても魅力的ですね。

さあゴールデンウィーク。多様な時間の過ごし方のできる吉祥寺の街の「吉まちあるき」をぜひ楽しんでみて下さい。



















■参考:工事中だった頃の吉祥寺駅





<最後に:キラリナ吉祥寺さんについて>

少し残念なのが、キラリナ吉祥寺の広告宣伝活動の中で、「吉祥寺の街」との連携や歴史の折り込みが目立って見られない点でしょうか。


たとえば今回のBlog de 吉祥寺の如く「まず吉祥寺の街へ出よう。そしてまちあるきの最後にキラリナへ」といった、ある種のコーズマーケティングで吉祥寺の街との共存アピール&意外性で話題をさらうとか。

また「京王井の頭線 吉祥寺駅開設80周年」という歴史的文脈がキャンペーンで語られていないのも、もったいない気がします(京王さんの広告宣伝部門やエージェンシーさんが企画する話なので、とやかく言う筋ではありませんが、まちづくり的に良い機会だと思いますので・・・)。





 










■写真:キラリナ吉祥寺さん公式サイト
       http://www.kirarinakeiokichijoji.jp/


かつて、明治の財界重鎮である渋沢栄一氏は、郊外公園の一つの理想形として井の頭恩賜公園開園に奔走し、そのアクセスルートとして帝都電鉄(井の頭線の前身)を構想しました。

■参考:井の頭線再び!かつての「幻の支線計画」を追う(4~緩和休題!)
  http://www.kichijoji-city.com/2013/10/blog-post_26.html#more


一方、京王電鉄は、第二次世界大戦と前後して当時の主力事業だった配電ビジネスを失い、国策的に設備充実を図る郊外路線:中央線の後塵を拝しながら、苦しいビジネスを強いられていた時代がありました(この辺りは以前のブログで特集しましたが)。

■参考:井の頭線再び!かつての「幻の支線計画」を追う(3)
   http://www.kichijoji-city.com/2013/10/blog-post_20.html#more


そんな時に、吉祥寺と渋谷間を結び、収益が安定していた帝都電鉄によって京王電鉄は大規模なリストラクチャリングを免れ、昭和30年代半ば以降の中興時代を迎えることができた「歴史的経緯」があります。






 










 ■写真:武蔵野市都市マスタープラン

 「来街者の体力」はゼロサムで有限です。自社テナントへの誘因のみで食いつぶすことなく、かつて同社復興の支えとなった「吉祥寺の街」「井の頭恩賜公園」との回遊を施策としてビルトインしながら、ぜひ今こそ着実に実行していただきたいと願う次第です。