第124回 ゴールデンウィーク! Blog de 吉祥寺流GWの吉祥寺の楽しみ方(2)


















大吉祥寺圏

ということで、ゴールデンウィーク「一泊二日で楽しむ吉祥寺」をテーマにお届けするBlog de 吉祥寺。第2回は前回の続き

前回の設定では、午前11時にランチを食べて吉祥寺駅南口を出発します。向かう先は井の頭池と井の頭恩賜公園「西園」でした。今回は西園から井の頭池側に広がる御殿山エリアからスタートです。

■写真:2014年オープンのキラリナ吉祥寺(京王吉祥寺ビル)






■参考:東京人 2014年 10月号/都市出版(2014/9/3)




2)杉林(御殿山)























■写真:御殿山の杉林


井の頭池といえば神田上水。1901年に玉川上水を原水とする淀橋浄水場開設までは東京府民の重要な水源でした。実は、西園にある御殿山の杉林こそ、水脈を命綱の一つ=水源林でした

さて「御殿山」という名前、江戸幕府三代将軍の徳川家光公が鷹狩を武蔵野エリアで楽しんだ際の休憩施設御殿が由来です。その跡地は現在の御殿山1丁目=井の頭自然文化園です。

また、今から約100年前大正2年12月19日、宮内省より東京市に井の頭恩賜公園の建設に向けた下賜の沙汰がありました。その地は「東京府北多摩郡三鷹村牟礼字井之頭」「武蔵野村吉祥寺字御殿山」の両方が記載されていました。井の頭か御殿山か、命名の経緯はわかりませんが、歴史的にはどちらも由緒あるもの。もしかしたら公園の名前は「吉祥寺御殿山公園」になっていたかもしれません。




■写真: 宮内省から東京市への下賜に関する沙汰状(国立公文書館所蔵)




そして、当時の宮内省に公園整備を説き伏せた稀代の財界人「渋沢栄一」氏と、実際に設計を主導した東京市公園技師の「井下清」氏が「この地に公園をつくろう」と意気投合したのも、この御殿山の杉林でした。御殿山は、いわば「公園発祥の地」と言えるでしょう。

■参考:2017年の開園100周年に向けて!井の頭公園の歴史を追う特集 

      (Blog de 吉祥寺)



3)露店(玉川上水緑道)
























御殿山を流れるのがBlog de 吉祥寺でも特集した「玉川上水」です。

玉川上水との吉祥寺とのつながりは、歴史的に江戸時代に遡ります

みなさんもよくご存じの「島原の乱」。「寛永の大飢饉」による農民の飢えが招いたこの騒乱への反省から、江戸幕府は農政重視・百姓撫育へと政策転換を図ります。その政策転換の目玉が、1653年に完成した「玉川上水」建設事業でした。

そして上水完成後、まもない1657年に江戸市中を襲った「明暦の大火」。その被災者だった30名弱が、上水沿いの農地開拓を目的として、玉川上水と五日市街道の間の野原に移住してできた集落こそ今日の「吉祥寺」の原点=吉祥寺村でした。

いわば玉川上水は吉祥寺が生まれる必要十分条件だったといえます。





■参考:玉川上水 武蔵野 ふしぎ散歩: 狭山丘陵から新宿までの7コース/ 福田 恵一 (著), 飯島 満 / 農山漁村文化協会 (2011/9/1)


















■写真:新宿 淀橋浄水場(東京都水道局)


玉川上水沿いには緑道が整備されており、静かな雑木林に包まれています。まさにGWの小散歩にはぴったりと言えるでしょう。御殿山から玉川上水へと、吉祥寺村創始の歴史に想いを馳せながら歩いてみては如何でしょうか。




















■写真:上水沿の野菜即売所

沿道には、上水によって切り拓かれた畑地で採れた野菜即売所があります。緑道沿いは吉祥寺から徒歩15分圏内とは思えないほど牧歌的な田園風景が広がります。


4)祠と水門(品川上水分岐付近)



























玉川上水緑道が井の頭恩賜公園を離れる端境にたたずむ「小さな祠」「水道杭」。玉川上水の歴史を顧みる上で重要なモニュメントです。昨年のゴールデンウィーク特集でも触れましたが改めて。
























■写真:牟礼上水の水道杭 跡



この祠の建つ地点こそ、かつての「牟礼上水」との分岐点です。注目したいのは、緑道と微妙な角度をもって埋められた水道杭です。上水の法面の草木の中に目をこらすと遠目に水門跡も見えます。
























この玉川上水ですが、1600年代当時としては世界屈指の測量技術をもって、この武蔵野台地の「分水嶺」にそって掘られています。

分水嶺とは、つまり上水の「井の頭池側」の雨水は、井の頭池を経て「神田川」から「日本橋川」「隅田川」経て東京湾に注ぐ荒川水系となり、逆側の雨水は「仙川」「多摩川」に注ぐ多摩川水系に分かれる訳です。

これら歴史的遺構の数々、そして画期的な測量技術で掘られた土木技術の高さに思いを馳せながらぜひ歩いてみて下さい。



■参考:約束の奔流―小説・玉川上水秘話/ 松浦 節 (著) / 新人物往来社 (2003/10)

■参考:吉祥寺のガンジス=玉川上水編
   (Blog de 吉祥寺)



5)小路(三鷹市井の頭)


























緑道を歩くと三鷹市井の頭エリアに入ってきます。吉祥寺駅を12時前に出発したとすると時計の針は14時くらいでしょうか。

東京都の多摩エリアを覆う台地が武蔵野台地です。その台地東端の崖=国分寺崖線の一部が形成している舌状地形の礫層から湧き出る地下水こそ井の頭池=神田川の源流です。
























■写真:Google map/三鷹市井の頭周辺(薄灰の線=小路が多い)

この崖線は井の頭一体の舌状地形の至るところから湧き出ており神田川に流れ込んでいます。今でもその痕跡や、現役で暗渠化された水路が井の頭エリアには残っています。その上には住宅街の合間に残る静かな小路が走っています。





■参考: 凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩/ 皆川 典久 (著) /洋泉社 (2012/1/31)


6)仏(井の頭公園駅舎ガード)
























京王井の頭線「井の頭公園」駅

同駅は、今でこそ公園の東側にあり静かな佇まいです。しかし、かつて昭和8年に井の頭線開通時には吉祥寺駅は完成していませんでした。その頃の井の頭線は渋谷~井の頭公園駅間を走る路線であり、その手前=井の頭公園駅が終着駅だったことがありました。わずかな期間でしたが、多くの公園利用客で賑わったことでしょう。





■参考: 京王線 グリーン車の時代/ 鈴木 洋 (著) /ネコ・パブリッシング (2013/2/21)


そもそも井の頭線の初期コンセプトは、井の頭恩賜公園の開園の祖「渋沢栄一」氏が拓いた東急電鉄沿線の洗足~田園調布に広がる住宅地の住人のため「渋谷経由で井の頭恩賜公園に向かう鉄道を整備したい」でした。つまりA:井の頭公園駅~吉祥寺駅B:井の頭公園駅~渋谷駅AB2路線が直通運転されたのが現在の井の頭線と言い換えることができるかもしれません。


























この駅舎脇のガード(鉄道橋梁)昭和8年の開業当時のものがそのまま現役で使われています。ぜひ、鉄橋の銘板に書かれた製造年月に注目してみてください。またさらに幾何学図形をモチーフにした橋脚のアーチ型設計に、当時流行り始めていた「アールデコ」の匂いを感じることができます。

その脇の仏様に手を合わせて、散歩は再び井の頭恩賜公園に戻ります。


参考:「キラリナ吉祥寺」開店!ゴールデンウィーク・GWの吉祥寺の楽しみ方   (Blog de 吉祥寺)


7)トマソン(井の頭池かいぼり跡)と泳遊亭



















■写真:かいぼり実施期間中に湖底に降雪した井の頭池
 
2014年に実施された「かいぼり」。

話題になったので覚えていらっしゃる方も多いのでないでしょうか。池の水質浄化と外来種駆除のために池水を抜いて湖底のヘドロを日干しする、という大がかりな作業でした。

その間に降雪があり、池底に雪が降り積もるなど、まさに有史来の風景が見られて話題になりました。ちなみに、かいぼりは今年2015年と井の頭恩賜公園が開園100年を迎える2017年のあと2回実施される計画です。

























■写真:井の頭池に残るかいぼり用資材支持杭跡


その井の頭池の東端にある鉄構造物

今後2回のかいぼりに備えて残された構造杭です。かいぼりをご存じない方は「これ何?」とお思いになるでしょう。ちなみにトマソンとは、モノとして(今現在は)意味を成していない築造物をさします。

























そしてその脇にたたずむ店舗が「泳遊亭」。

その名の通り「泳ぎ遊ぶ」=プールの存在を今に伝える名残です。

井の頭池の東端には、かつてプール(水泳場)がありました。昭和8年の帝都電鉄(現在の井の頭線)開通に合わせて25mの本格的なプールであったとか。水はもちろん池の水。

当時は湧水量も豊富で水の回転率も高く、水の透明度も高かったんですね。

ちなみに湧水量が本格的に減ったのは水源付近にマンションや宅地ができ始めた昭和30年代~40年代以降のことだといわれています。




■参考:吉祥寺 消えた街角/ 土屋 恂 (写真) /河出書房新社 (2004/6/18)




8)吉祥寺駅の区界


























公園から吉祥寺駅に戻ってくる頃は、そろそろ夕方。初日の最後の見どころは「吉祥寺駅」です。2013年に再整備が終了した南北連絡通路を歩いてみましょう。すると、すぐに気づくのが「視覚障害者の方が用の点字ブロックの線の屈折」と「通路そのものの高低差」です。

これこそ江戸時代の旧吉祥寺「村」の区画と、明治維新後の甲武鉄道(現中央線)の「線」の区画がぶつかるフォッサマグナ=境界線となります。

南北連絡通路の見取り図や、吉祥寺駅周辺の地図をみると、区画がぶつかりあって、ちょうどこの点字ブロックの屈折あたりが断層=チョークポイントになっていることがわかります。
















ということで

ゴールデンウィーク初日の吉祥寺探訪は終了です。吉祥寺駅周辺に数多ある飲食店で夕食をとったりビールやワインで疲れを慰労してください。





■参考:吉祥寺スタイル―楽しい街の50の秘密/ 三浦 展 (著), 渡和由研究室 (著) /文藝春秋 (2007/04)




そしてお泊りは、

●駅南口エリア


  吉祥寺第一ホテル(80室)

  http://www.hankyu-hotel.com/hotel/kichijojidh/info/index.html
  阪急阪神第一ホテルグループのホテル。
  ボーリング場もあります。

  みつ井旅館
  http://www.mituiryokan.jp/price.html
  創業60周年。アットホーム&リーズナブルなお宿

●駅北口エリア

  吉祥寺東急REIホテル(旧 吉祥寺東急イン)

  http://www.kichijoji.rei.tokyuhotels.co.jp/
  東急ホテルズグループのホテル。
  2015年4月から東急REIにブランド変更となりました。

など、場所とご予算に合わせてどうぞ。


夜の飲食店やバー井の頭恩賜公園散策、そして毎月第3日曜日早朝7時から開催される「ハモニカ朝市」吉祥寺らしいモーニングを提供するカフェ・ベーカリーこだわりのバリスタが淹れるコーヒー店など、宿泊するからこそ楽しめる「夜・早朝の吉祥寺」を堪能してみて下さい。




■参考:古典酒場 Vol.10 達人に学ぶ横丁酒場特集/三栄書房 (2011/4/8)

■参考:ハモニカ朝市(武蔵野市観光機構さんHP)



さて

次回のBlog de 吉祥寺はゴールデンウィークに1泊2日で吉祥寺を回ろう特集の2日目です。朝の吉祥寺駅からスタートです。

朝から行動半径を広げて、いよいよ「大吉祥寺圏」へ歩みを進めましょう。