第15回 吉祥寺が大きく変わる!井の頭恩賜公園の将来像はいかに?(1)























牟礼
ということで、今回のキーワードは「牟礼」。既に皆さんご存知の通り、三鷹市牟礼を含む吉祥寺一帯は江戸時代初期以前は「牟礼野」または「札野」と呼ばれる、幕府直轄のカヤの野原だった訳です。


その昔は、将軍家の鷹狩の場として知られており、「ここは入っちゃダメだぞ」というお札が立っていたことからその名がついていた訳で、さらに言えば、将軍家の鷹狩が由来となり三鷹になった、という話(という説がある)は以前特集しました。
















さて今回はといいますと、この牟礼とお隣の下連雀にある13000坪の広大な空地の特集です。場所としては井の頭恩賜公園、しいては三鷹の森ジブリ美術館の南側ということになります。






ちなみにジブリ美術館から吉祥寺通りを調布方面に南に進むとすぐ東側に広大な空地があるのを皆さんご存知でしょうか。このあたりに詳しい方なら「ああ、あそこね。日産厚生園の跡地ね」とおっしゃる方もいると思います。



さてさて、ここでBlog de クエスチョン。この日産厚生園とは何なんでしょうか。






























時は平成22年5月30日、経済産業省を主務官庁とする一つの社団法人が解散しました。その名も「日産会」。


戦前の昭和17年2月に設立され、現在の日産自動車や日立製作所の祖である「鮎川コンツェルン」の関連団体でした。もともと(株)日産が開設し、後に社団法人日産会が継承した施設こそ「日産厚生園」だったんです。

その歴史はと言いますと、
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昭和15年   日産厚生園を開園する
昭和17年   ㈱日産から社団法人日産会が継承する
昭和21年   在日米軍に接収される(昭和27年3月接収解除)
昭和39年   港区内の日産会事務所を日産厚生園内に移転する
昭和48年   敷地縮小に伴い日産会事務所を現在地に移転する
平成14年  名称を「日産厚生園」から「春光スポーツ倶楽部」に改称する
平成22年  日産厚生園の運営停止/解散


■出典:春光スポーツ倶楽部http://www5a.biglobe.ne.jp/~koseien/

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ちなみに鮎川コンツェルンの御曹司といえば、2005年1月に女優の杉田かおるさんと結婚して、約半年後の同年8月11日にスピード離婚した鮎川純太氏ですね。



この鮎川氏の出身大学は成蹊大学と、吉祥寺には縁があります(大学院は米に留学し、マサチューセッツ工科大学を修了されています)。
さて、平成22年の初春、プリンスホテルで行われた日産会を含む賀詞交換会の折、日産会の野見山会長(新日鉱ホールディングス 相談役)から、「3月に社団法人日産会は日産厚生園の運営を停止して、6月に解散します」とのコメントが発表されます。




















かくして日産厚生園13000坪の敷地は一端、9名の地主さんに返還されることになるのですが、この跡地は今後一体どうなるのでしょうか。


そこに現れたのが東京都公園緑地部の皆さん。日産厚生園の運営が停止の余波もさめやらぬ翌月4月、東京都公園審議会に1本の諮問がなされることになります。