第3回 総力特集!井ノ頭通りと近衛文麿の関係に迫る!



井の頭街道



ということで、今回のBlog de 吉祥寺のキーワードはこちら。「井の頭通りと間違えているんじゃない」とおっしゃる方もいそうですが、半分当たっています。

現在の「井ノ頭通り」は、皆さんご存知の通り、吉祥寺南口の丸井前を横切り、西は武蔵境方面、玉川上水の脇にある境浄水場(武蔵野市関前五丁目)まで続く都道。正式名称は「東京都道7号杉並あきる野線」です。





■境浄水場
http://www.geocities.jp/annaka29jp/jyosuikoujyaku/24sakaijyousuijyo.htm


さてさて冒頭の井の頭街道、実はこの井ノ頭通りの昔の名称なんです。半分当たっていると言いましたのは正確には「井の頭」ではなく「井ノ頭」。つまり“ノ”がカタカナです




さて、この道路、東の起点はご存知ですか?。甲州街道?明大前?。近いですが、正確には渋谷。今の西武百貨店渋谷店前にある「井ノ頭通り入り口交差点」が起点になります。



たしかに甲州街道にぶつかる辺りから、東と西で全く別の道路に見えますが、それもそのはず。代田橋より東側は東京都道413号赤坂杉並線となり、西側とは異なる道路として管理されています。そして西側は甲州街道(正確には代田橋)より西側は通称「水道道路」と呼ばれ、まっすぐの道が続いています。


なぜまっすぐかといえば、その名の通り道路の真下には水道管(上水道)が埋まっているから。その水道管こそが先の「境浄水場」と、代田橋付近(東京都世田谷区大原二丁目30番43号)にある「和田堀給水所」までつないでいます。より正確に言えば、上水道の上を道路として有効活用したわけです。


■和田堀給水所
http://www.metro.tokyo.jp/INET/EVENT/2008/03/21i3l100.htm


ちなみに和田堀給水所まで運ばれた水は、都内の中心地、世田谷区、渋谷区、目黒区、港区に配水されています。例えば港区赤坂の飲食店のお料理は、実は井ノ頭通りをとおってきた水で調理されているかもしれません。


さてさて。



かつて「井の頭街道」と名付けられたのは、はるか戦前のこと。名付け親は時の内閣総理大臣となった「近衛文麿(このえふみまろ)。かつての熊本県知事、日本新党で一世を風靡した「細川護煕」のお爺さんです。



なぜにこの人が井ノ頭に?と思いますが、実は近衛さん、杉並区荻窪に住んでいたんです。そもそも目白にお屋敷があり、荻窪は別荘だったのですが(名前は「荻外荘」(てきがいそう)と言います。今も荻窪駅南口から徒歩10分程度のところにあります)、当時の荻窪はいわゆる田舎。この静寂と緑豊かな環境の良さにひかれて、ずっと荻窪で過ごしていたとか。というように井ノ頭通りに縁がある御仁だったんですね。



■荻外荘
http://home.att.ne.jp/air/jobcci/info-suginami/ogikubo/temple/temple08.html


都内有数の繁華街に水を届け、戦前・戦中は後に内閣総理大臣となる吉田茂を初め、多くの政府要人も行き来した井の頭街道。後に東京都によって「井ノ頭通り」と改称された訳ですが、そういう目で歩いてみると、吉祥寺駅南口の丸井前の横断歩道で井ノ頭通りを横切るとき、その見え方が少し違ってくるかもしれませんね。