第11回 番外編!吉祥寺にあったらおもしろかった!幻の○○編(3) 太平洋戦争開戦の舞台「荻外荘」に迫る!



















近衛文麿

ということで、以前特集しました、五日市街道と並ぶ吉祥寺の大動脈たる井ノ頭通り(”ノ”はカタカナですよ)と、戦前戦後と日本の中心にいた元首相「近衛文麿(このえふみまろ)との関係!ですが、実際に近衛文麿さんが実際に過ごし、太平洋戦争開戦決定の舞台となった近衛文麿邸(実際には別荘)が、荻窪にあったわけなんですが、実際に探訪して参りました~。それでは写真ダイジェストでご案内!です。

■総力特集!井ノ頭通りと近衛文麿の関係に迫る!
 
http://kichijoji.kaihatsuyosoku.com/2010/09/blog-post.html



















出発点は、関東バス五日市街道営業所です。吉祥寺駅からは6番乗り場より関東バス「中野駅行き(中36)」で15分程度でしょうか。ちなみに、皆さんのよくご存知の関東バス、本社は中野(正確には東中野)にあるんです。ちなみに主要株主は「京王電鉄」で約29.96%の比率なんだとか。

















余談なんですが、この吉祥寺駅~中野駅の路線、歴史的には古く、関東バスに併合される前には、進運乗合自動車というバス会社が運行していました。この会社、Blog de 吉祥寺でおなじみの「中島飛行機」関連会社だったんですね。また別途特集します!



■出典:関東バス 1936年頃の路線(大東京市域全図より)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E6%9D%B1%E3%83%90%E3%82%B9




















善福寺川(ぜんぷくじがわ)ですね。神田川の支流で清き流れではありますが、実はこの水の一部は、千川上水から地下水路を伝って送水されているものなんですね(善福寺池の水だけでは流量が不足しているみたいですね・・)
















荻外荘(しょうがいそう)です。名の由来は「荻窪の外」と言われています。ちなみに荻窪の由来は、源家の家臣の荻窪氏からきているんだとか。ともあれ、太平洋戦争開戦直前にここで重要な会議が行われたんですね。

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対米戦に対する海軍の見通しを訊かれた連合艦隊司令長官の山本五十六が、「是非やれと言われれば初めの半年や1年は随分と暴れてご覧に入れます。しかし、2年、3年となれば、全く確信は持てません」と応えたのはこの荻外荘であった。

■近衛文麿 近代日本人の肖像
http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/81.html

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近衛公が第一次近衛内閣を組織して総理大臣になられてから、荻窪の荻外荘の名が、毎日のように新聞紙上に現れ、荻窪の地名が一躍世に知られました。それとともに荻窪が高級住宅地であるというイメージが拡がりました。

■杉並風土記」杉並郷土史会昭和52年発行 森泰樹著
http://home.att.ne.jp/air/jobcci/info-suginami/ogikubo/temple/temple08.html
















また近衛内閣の組閣発表前夜に東条英機等を交えて政策会議を開いた場所でもあります。
現在も近衛家のお住まいなので無論中には入ることはできません。表札にも「近衛」と出ております。また近衛が懇意にしていた天理教の宿舎でもあるんだとか。



というわけで、この身近な歴史遺産、皆さんも足を運ばれてはいかがでしょうか。

※あくまで個人のお宅ですのでご迷惑にならない様にお願いいたしますね。