第24回 武蔵野市が合併へ!?吉祥寺をめぐる最大のタブーを追う!(3)























三鷹市


皆さんご存知の通り、三鷹市は武蔵野市のお隣さんですね。その歴史ははるか昔の吉祥寺村よりやや古い16世紀後半、徳川家康と石田光成が戦った天下分け目の関が原合戦の頃まで遡ります。




1590年頃











三鷹市の原型、牟礼村、大沢村、上仙川村が成立したと言われているのがこの頃のこと。その後、江戸時代には将軍家御用達の鷹狩の地として、または江戸の街の燃料として貴重なカヤの産地として、「札野」と呼ばれていたんですね。


枝道に逸れますと、この鷹狩の帰途に、徳川将軍が立ち寄ってお茶を立てたのが七井の池=現在の井の頭池なんですね。例の「えんかしら(いいのかしら)、この(水の)うつくしさ → えんかしら → いのかしら」という説の原点ですね。

ちなみに、将軍の休憩所=仮御殿があったのが、現在の吉祥寺の南側、井の頭恩賜公園周辺に広がる御殿山エリアなんです。




その後、明治22年に市町村制が施行され、神奈川県北多摩郡三鷹村となり、初めて三鷹の名前が公に登場してきます。そして第二次世界大戦後の昭和25年に市制施行となり三鷹市が誕生するわけです。

■出典:旧帝国陸軍測地図(明治初期)


ということで











その発祥も、発展の経緯も、明治以降の動向も吉祥寺村や、武蔵野市と似ている兄弟の様な三鷹市なのですが、昭和20年代の後半、武蔵野市を中心に提議された「二市三町合併論」を機に、その関係は大きく揺れ動くことなります。


昭和29年

前回の通り、この年に武蔵野市が二市三町合併に関する方針を議決して、この構想は一気に動き出します。しかし相手合っての合併、ということでそれぞれ合併先の思惑はどうだったんでしょうか。
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<二市三町合併構想>

 武蔵野市+三鷹市+小金井町+田無町+保谷町
 面積53平方キロ、人口23万人
 (武蔵野市単体: 面積10平方キロ、人口87000人
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これらをザッと見てみると、、、

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■田無町


お隣の保谷町とは切ってもきれぬ関係で、田無町の中では「二町一村合併(田無・保谷・久留米)論」もでていました。

二市三町合併構想については、「田無が町だったころ、武蔵野は村だった」という意見や、青梅街道筋の商店からの反対運動(吉祥寺に飲み込まれてしまう)もあり、調整は一筋縄ではいかない様子。

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■保谷町


感情的には武蔵野市との合併であるが、内部でもめているお隣の田無町への義理立てもあり、すぐには首を縦にふれない様子。結果的には「三鷹がOKであれば」とのことで、二市三町合併構想を容認する姿勢。

また、武蔵野、保谷、田無、小金井という一市三町の合併論も根強かったとか。

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■小金井町


西側のお隣である国立、小平からの合併要請があり、両天秤で検討。しかし、どうせするなら東の方ということで、武蔵野市と三鷹市との二市三町合併論に傾きつつある。

ただし「武蔵野市と三鷹市の合併がうまく進むのかな」と多少懐疑的。いざという時のための保険として、国立・小平との合併案も捨てきれず、という微妙な立場。

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■三鷹市


合併のカギを握る三鷹市。目下検討中(態度留保)との立場を崩さず。内部では合併賛成/反対派が激烈な抗争を進めており、特別調査委員会を設置して早々に結論を出したいと、市としての明確な態度は示せず曖昧のまま

また一方で、三鷹市+神代町、調布町、狛江町の合併論も出てきていることも、ニ市三町合併構想に乗り切れない理由。
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という、まさに4者4様という状況。


それぞれの立場が交錯し、かつ複数案を天秤にかけつつ勝ち馬に乗りたい、という自治体の思惑もあり、それぞれが凄まじい駆け引きを展開した訳です。現在ではなかなかお目にかかれないですね。


しかし

合併の期限と定めた昭和30年の地方選挙は刻一刻と近づいてきます。この後、状況はさらに厳しいものになっていくんですね。