第25回 武蔵野市が合併へ!?吉祥寺をめぐる最大のタブーを追う!(4)


























全国初

市と市の初の合併例として、全国的にも注目を浴びた武蔵野市と三鷹市を中心とした両市の合併論。

昭和29年10月

武蔵野市議会において、合併案は「賛成」で可決、いよいよ本格化したわけです。



















しかし、イマイチ煮え切らないのが三鷹市の態度。「目下、研究中らしい」「三鷹は曖昧な態度で、100年河清を待つような状態・・」と武蔵野市議会で評されたまま、来年1月31日に両市それぞれで議決しよう!ということだけが決まり、調整事項を積み残したまま、昭和29年年末を迎えることになります。

そして年明け早々に、予想されたがごとく、肝心カナメの「新庁舎の位置と新市名の問題」で両市による合併協議会は紛糾、その存続も危ぶまれるんですね。




昭和30年1月27日

議決間近のこの日に、

 ・新市名は武蔵野市とする。
 ・新庁舎は三鷹駅南側(つまり三鷹市に)とする。
 ・当面は暫定的に武蔵野市役所を本庁として、
  現三鷹市役所を支所とする


調整案でようやく両市は合意、というあわただしさ。一通りの課題の調整が完了し、なんとか昭和30年1月31日を迎えることになります。


昭和30年1月31日














ここまで調整したからには円滑に!と話はうまく進む訳はありません。まずは、その日の武蔵野市議会は約4時間で円満に議決。


記名投票 賛成 29票 反対 5票

で賛成の絶対多数となり、こちらは予定通り、三鷹市の結論を待つことになります。 


一方で大紛糾したのが三鷹市議会。まずは、合併反対を掲げる三鷹市消防関係者が、市庁舎の前に消防車を並べて抗議活動を展開。さらに反対派の傍聴人が押し寄せ、傍聴席からはみ出し、廊下まで並んでいる状況。

混乱の中で、ようやく午前11時40分に議会が開始されたものの、合併反対を唱える多数の傍聴人がヤジを飛ばし、賛成・反対の両派の間で激しい議論の応酬の末、休憩に休憩を重ねるという両市史上に残るであろう大波乱の展開に。

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11時40分 三鷹市議会開会
         (複数回休憩)
18時00分 三鷹市超より合併案の提出・休憩
20時15分 再開

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午前に始まった議会は夕刻を過ぎ、ようやく18 時に合併案が提出。しかし、その後も議論とヤジは続き、とうとう夜半にもつれ込み、日付は翌日に変わります。


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24時45分 合併案に対する無記名投票
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そして、最後に投票が行われたのが、なんと翌日2月1日の午前0時45分。最終的に無記名投票となった議決の結果は、

無記名投票 賛成 16票 反対 17票

となり、協議会等の関係者の必死の調整とは裏腹に、なんと1票差で、合併案が否決されるという、前代未聞の事態。波乱のうちに三鷹市議会は幕を閉じることになります。






■写真:昭和20年代後半の三鷹市・三鷹の歳出予算比較表(武蔵野市議会報)
 

この歴史的な議決の後、武蔵野市・三鷹市の合併案はどのようになっていったのでしょうか。