第33回 副々都心の商業地域へ!?。吉祥寺駅周辺開発の歴史を探る!(1)






















全体を高層共同ビル化

見た目は明らかに「」の模型写真のようですね。中央左右に走っているのは鉄道の線路でしょうか。中央にあるのはでしょうか。いろいろ想像できてしまいますが、それはさておき、次にもう1枚の写真をみていただきましょう。























この写真の建物は何でしょうか。

ご覧になられたことはありますか?。これはサッカーで有名な「駒沢オリンピック公園総合運動場」ですね。高校サッカーや全日本大学サッカー大会で知られているんです。東京都が所有しています。

写真出典:wikipedia:駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場

ということで話を先に進めますと、この駒沢の陸上競技場をかつて設計したのが故 高山英華氏。東大工学部の名誉教授ですね。この駒沢陸上競技場を初め、東京都臨海副都心開発プロジェクトでも中心的な役割を果たした建設界の「超大物」の方でした。

んで、この方、実はお住まいは東京都杉並区で、高校までは吉祥寺にある成蹊学園で過ごしている、という吉祥寺と縁もある方なんです。




ではでは冒頭の写真に戻りましょう。

この写真の模型は、昭和36年に発表された吉祥寺駅周辺の再開発案だったんですね。この構想を策定したのが、先の高山教授だったって訳です。

写真出典:武蔵野市報 昭和40年7月 第410号














写真をみて頂くと、北口駅前広場や駅前通り、そしてサンロードらしき道路はありますが、それ以外の部分は、今の吉祥寺の街とは似てもにつかない姿。

今や吉祥寺の象徴とも言うべきハモニカ横丁もありませんし、南北方向に長い高層建築が連なるアルプスみたいな街並みになっています。上層階は居住用なんですかね。

この様な計画がなされていた背景には、市街化が進む吉祥寺駅周辺において、バス・自動車交通の円滑化が急務であったことがあります。

またあまり知られていないのが、吉祥寺駅に乗り入れ計画があった幾つかの鉄道の計画

1つは武州鉄道と呼ばれる鉄道です。 

昭和36年7月に、吉祥寺駅のお隣、三鷹駅~御花畑駅(秩父駅)間 60.3㎞について免許交付されていた鉄道です。この鉄道が吉祥寺駅まで乗り入れてくる、という構想がありました。結局、構想に関与していた運輸大臣の汚職で計画は霧散してしまいましたが、免許失効は1975年のことです。

もう1つは地下鉄の延伸

地下鉄!?という感じですが、これは東京メトロ丸の内線の延伸計画。荻窪から吉祥寺駅まで延伸計画があったんですね。このような鉄道網の拡充による影響もありました。



■資料:吉祥寺~杉並間地方鉄道計画図(国立公文書館所蔵)



という訳で

今回からの特集は「副々都心の商業地域へ!?。吉祥寺駅周辺開発の歴史を探る!」と題しまして、吉祥寺が今の街並みとなる前に、いったいどんな経緯があったのか、を紐解いていきます。

やはりこの裏側にも、これまでに無い「大騒動」があったんですね。

時は昭和29年まで遡ります。