第38回 副々都心の商業地域へ!?。吉祥寺駅周辺開発の歴史を探る!(5)


























吉祥寺駅周辺再開発

の話もいよいよ大詰めですね。時は昭和37年のこと。昭和37年といえば東京オリンピックを間近に控えて、東京都の人口が「1000万人」を突破。文字通り世界最大人口の都市となった年でもあります。

人も増え、車も増え、で吉祥寺でも江戸時代から脈々と続く街のカタチを改めなければ、とても対応しきれない様な時代だったんですね。しかし街のカタチを変えるといっても生半可なことでは行かない訳です(写真は明治13年の吉祥寺村ですね)。

■写真出典:第一師管地方迅速測図(明治13年)



とにもかくにも

都計審(東京都都市計画地方審議会)の計画決定に向けて動き始めた吉祥寺の再開発ですが、再開発区域の住民や商業者の皆さんからの声もあり、なかなか合意に至りません。皆さんのご尽力も空しくまたも2年間が過ぎ去ろうとしていたんですね。

それを見守っていたのが、計画決定する立場の東京都と、中央線の高架化&複々線化を進める国鉄(現:JR東日本)さん。だんだん「大丈夫かな、吉祥寺の再開発は・・・」と思い始めます。





























最初に口火を切ったのが東京都。昭和39年3月に武蔵野市に「早く話をまとめて欲しいので、この案でどうでしょうか」と出してきたのが「都案」。市長案に比べて計画範囲も小さく、住民や商業者の方々も受け入れやすそうな感じです。

■写真出典:武蔵野市議会報 昭和39年11月

計画決定をする東京都にヘソを曲げられたら大変!ということで、委員会も住民も商業者も「ガチンコでやって、再開発の芽を失う方が怖い。なんとか歩みよりましょう」と、地元商店会の皆さんも受け入れに向けて議論が始まります。

そこで地元の皆さんが委員会に対して通知したのが、この7箇条

<都案受け入れに向けた条件>

1 換地については市が仮営業所・店舗を設ける
2 平和通り南側の国鉄用地を関係者に使わせて欲しい
3 旧音体跡地を魅力ある換地として活用
4 効果的な区画整理の実施
5 三菱銀行用地を換地として提供してほしい
6 国鉄高架下の利用は都市計画該当者を優先してほしい
7 北口広場に地下街を



























平和通りの南側の国鉄用地、、、は、現在、見事商業ビルが立ち並んでますね。旧音体跡地=現在の吉祥寺coppice(コピス)です。


■写真出典:武蔵野市議会報 昭和41年11月


そして北口広場に地下街を、、、、は、ちょっと今では考えにくい話です。地上に回遊導線があるからこその吉祥寺の街ですもんね。結局、地下街ではなく「アーケード」を選んだのが今の吉祥寺です。この条件を元に「全員協議会」が開かれ、関係者が一同に会して最後の議論が進められることになったんです。