第49回 副々都心の商業地域へ!?。吉祥寺駅周辺開発の歴史を探る!(11)
























昭和58年

すでに吉祥寺駅再開発の検討開始から約30年。昭和41年に事業決定から17年の月日が流れていた訳なのですが、依然として最後の山場「北口駅前広場」については完成に至っていない状況だったんですね。

そんな頃合の2月の武蔵野市議会での一般質問で「開発を始めてから相当な年数が経過しているにも関わらず、一角が以前残っており、これらについてどう対処するのか」と、ついに火の手が上がります。

一角というのは、現在のJR吉祥寺駅北口のムーバス乗り場辺りにある一角。お菓子屋さんをはじめ数店舗が営業していました。地域で商売されている店舗さんには、やはり開発であろうと何であろうと、店を一端閉じて移転、というのは、かなり難しいことなんです。

ただ、昭和47年で事業完了予定であった駅前再開発事業も、その期限を4回延長して移転交渉にあたっていたんです。次の期限は昭和62年3月末。残りはわずか4年程度。実際の工事期間も含めると、のんびりしてられません。




土地収用法

土地の収用・使用の要件・手続・効果と損失補償などについて定めた法律なんですね。いわば公共の利益のため、しっかりとした補償の元に、個人土地・財産を譲ってもおう!ということを意図した法律なんです。当事者間での話し合いが纏まらないと 収用裁決が申請され、収用採決、収用となります。そして、それでも合意に至らない場合は「強制収用(代執行)」となるんです。

昭和50年1月

正月気分も冷めやらぬ1月28日に全員協議会が開かれます。そこで「土地収用法の手続きに向けての「保留を解除」する」ということが決定されます。つまり土地収用に向けて手続きを進める、ということになったんですね。

そしてその年の3月、事業完了期限まであと2年足らずに至り、ついに吉祥寺駅周辺都市計画事業への土地収用法が適用となります。そこから一気に土地収用が進んでいくんですね、





昭和61年3月





















ようやく「吉祥寺駅北口広場用地」の取得が完了します。そして合わせて、広場の基本案の骨格もまとまっていきます。

写真出典:武蔵野市議会報 昭和61年11月9日





昭和61年 3月 吉祥寺駅北口広場用地の取得完了
 6月 北口広場整備の基本案
 9月 市議会で駅前広場造成工事を可決


ということで、昭和62年3月末の事業完了期限に向けて堰を切ったかの様に、駆け足でコトが進んでいくんです。




吉祥寺駅北口広場 記念事業費 4650万円

















9月には記念事業予算も市議会で可決されて、祝賀に向けた準備も進んでいきます(この記念事業費についても一悶着あったんですが、またそれは別の機会に・・・・)。


しかし、こう見てますと吉祥寺はいろんな関係者が多いのか、モメるにモメて期限ギリギリになったタイミングで、天の声やらもあってエイヤーッとモノゴト進められていくケースが多いようですね。もっともこの構図は吉祥寺だけとも限らないんですが。

そして、いよいよ長かった吉祥寺駅周辺再開発事業の完了期限、昭和62年3月31日を迎えることになります。