第51回 吉祥寺の大動脈!関東バスを追う~(1)





































パシフィック電鉄


ということで、いきなり吉祥寺とは縁の無さそうな鉄道?の名前から始まりました今回のBlog de 吉祥寺。梅雨真っ盛りで湿っぽい日が続きます。吉祥寺駅周辺再開発をめぐる一連の特集が終わりまして、次の展開に進んで参ります。





という訳で


パシフィック電鉄とは、その昔1900年代初頭(1911年)に、米ロサンゼルス都市圏のほぼ全域をカバーする電鉄会社のことだったんです。その営業キロはなんと800km。関東で一番長い東武鉄道が463km、吉祥寺駅のある京王電鉄が84.7kmですから、その規模がわかります。



東武や京王と比べたのは、このパシフィック電鉄、日本の私鉄の大先輩。日本の私鉄の特徴の一つに、鉄道を延ばしながら、その周辺に宅地を造成開発して、利用客を増やしていこう、というかつての戦略があるんです。まさにその手法を先んじて繰り広げていたのが、このパシフィック電鉄なんですね。


戦前戦後と多くの私鉄関係者が、このロサンゼルスまでこのパシフィック電鉄の視察に行ったことで、この手法を学んだんだろうな、と思われます。


そんなパシフィック電鉄を視察したかどうかはわかりませんが、その手法を最もよく模したのが東急電鉄。その経営者であった五島慶太、そしてその門下生だったのが、専務だった柏村毅氏。その柏村氏が主要株主となり、戦後近くから長い間経営に携わっていたバス会社こそ、実は今回の特集のテーマ「関東バス」だったんですね。。



関東バス


といえば、皆さんもよくご存知(?)、吉祥寺駅の主に北口から毎日たくさん走ってますね。その特徴はといいますと、その独特のカラーリングでしょうか。白地の赤いペイントの入った独特のデザインなんですね。


このカラーリングは何もつい最近始まったわけではなく、遡れば時は戦後まもない昭和25年(1950年)から、実に50年以上もこのカラーリングなんですね。そして、当時の関東バスの経営者が先の柏村氏。かつ言えば、そのカラーリングこそ、実は最初に話をしました「パシフィック電鉄」の車両塗装を模したもの、といわれているんですね。


ってな訳で、今回からはこの「関東バス」にフォーカスして吉祥寺の街をみていくことにしましょう!


□出典
  ・関東バスホームページ 
  ・パシフィック電鉄(wikipedia)
  ・関東バス(wikipedia)