第52回 吉祥寺の大動脈!関東バスを追う~(2)





















第一世界大戦!!

ということで、関東バス特集なんですが、そもそも論として路線バスの歴史をまずは掘り下げていきましょう、ということで時は1900年代初頭に遡って参ります。

そもそも日本で初めて路線バスが走り始めたのは、ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功した1903年のこと。場所は広島県可部町だったんですね。






では東京で初めてといいますと、、

京王電気軌道

によるバスが最初だったんですね。京王電気軌道とは無論、現在の京王電鉄のことです。京王電鉄の起源は、1905年に関係官庁に電気鉄道敷設の出願をした日本電気鉄道に遡るわけなんです。その後、京王電気軌道に改称した後も鉄道路線は持たず、しばらく多摩一帯に電力供給事業を展開して、多摩の電化にの一翼を担った、という話は以前特集で触れましたね。



京王電気軌道が実際に電車営業を始めたのが1913年のこと。第一次世界大戦が始まる前年のことなんです。その時の区間が笹塚駅~調布駅の12.2キロ。そしてその補助期間として、新宿駅-笹塚駅、そして調布駅-国分寺駅間でバス(乗合自動車)を走らせたのが、東京での最初のバスとなったんです。結局、府中駅-国分寺駅間の鉄道は開通しなかった様ですが。

■京王電鉄
http://ja.wikipedia.org/wiki/1903%E5%B9%B4




ちなみに

どんな車は、イギリスのコマーシャル製アメリカのビュイック製というボンネットタイプの車両だったとか。そもそも1900年代初頭の東京界隈の乗り合い交通といえば「乗合馬車」か「人力車」という時代。とてもバス車両を生産できる生産設備もなく、海外車両を使った営業が中心となってたんですね。


















その後は、1916年に八王子駅-高尾山の間で角喜タクシーという会社がバス事業を始めるんです。ちなみにこの頃のバス事業は免許制、しかも免許を発効する元は警視総監という時代でした。国交省が路線を認可する今とは異なります。ちなみにこの角喜タクシーが、現在の多摩西部のバスの大手となる西東京バスになります。




<1900年代初頭の東京のバス>

1913年 新宿-笹塚、調布-国分寺 
1816年 八王子駅-高尾山
1920年 五日市町-八王子駅
1923年 武蔵境駅-田無駅



という様に、1900年代の初頭に、東京のあちこちでバス路線が開設されていきます。バス事業の最大の特徴は、鉄道と比べて設備投資の少ないところ。免許事業ではありましたが資金的な参入は比較的簡単だったんですね。甲武鉄道(現在の中央線)、京王電気軌道といった主要鉄道網の開設に合わせて、少しずつバスも増えていくんです。ただ関東バスの起源はもう少し先のこと。

こうして、東京でも産声を上げたバス事業。時は1920年代、その後の東京におけるバス事業に大きな影響を与える未曾有の大惨事が起きるんですね。


■出典:日本自動車交通事業史