第58回 吉祥寺の大動脈!関東バスを追う~チョイと閑話休題!!


























王子製紙と北海道電力

ということで、関東バス編も前半戦が終了して緩和休題。いきなりネピアの写真ですが、関東バスにやや関係ありな話です。






皆さん、関東バスの大株主をご存じですか。と問いかけつつ以前特集しました通り、実は全株式の29.96%を持つ京王電鉄な訳ですね。

ここまでの関東バス特集の戦前編をご覧頂ければおわかりの通り、関東バスも含めて戦前、東京都下の路線バスの経営を大きく左右したのが鉄道会社。鉄道空白地を補完するため、または競合バス路線をつぶすため、と戦前には鉄道会社が路線バス会社の買収を進めた訳なんです。

このように関東バスに大きな影響力を及ぼすに至った京王電鉄、つまり昔の京王電気軌道なんですが、1911年の営業開始当初は鉄道会社にも関わらず鉄道路線を持たずに、いわゆる配電(電気供給)事業のみを行い、多摩地区の電力供給網の拡充に大きく貢献したのは以前特集しました通り、有名な話。実は「吉祥寺」の街に初めて電力を引いたのも京王だったんですね。

一方、今回の福島第一原発事故で計画停電が行われ、首都圏の鉄道会社が運行本数を大幅に減らした様に、そもそも鉄道と電力は切っても切れない関係が再認識された訳ですね。昨日(8月7日)にも沿線落雷の関係で停電となり西武池袋線が6時間以上も不通となったりしています。では、もともとの電力と鉄道の関係についてBlog de 吉祥寺流に歴史的な面から少しみていきましょう。


そもそも

日本で最初の電力会社は「東京電燈」という会社。1886年(明治19年)に送電を開始した訳ですから、随分と古い訳です。ちなみに同社の浅草発電所で最初に導入したのがドイツ製交流発電機(50Hz)。一方、同時期に立ちあがった西の「大阪電燈」が最初に導入したのが米GE製の発電機(60Hz)。実は、このたった2つの導入設備の違いが後の大井川を境として東50Hz帯と西60Hz帯と異なる周波数体系につながり、電力の東西連携を難しくしたのは有名な話です。













そして、当時は電力会社が鉄道会社が副業として行っていたケースが多かったんですね。ちなみに東京電燈が保有していた鉄道の一つが「江之島電氣鉄道」(現在の江ノ電)。江ノ電の架線柱が東京電力の電柱を兼ねているところがあるのは、実はこうした経緯からなんです。


■写真出典:江ノ電の鉄道共用柱と鉄道横断(電柱DJV様)
http://homepage1.nifty.com/arahata/denchuu/39.html

このように電力会社が立ちあがっていった背景にあるのが、皆さんご存知の「富国強兵」という国家戦略。これからの産業の源は電力。電源開発を促進すべし!という大きな流れがあったんです。

この東京電燈以外にも、各地に電力会社が数多く設立された訳ですが、その時に工場で多量の電力を使用するため自社発電設備の設置にまい進したのが、紙をつくる「製紙会社」。











当時、明治~大正年間における日本の2大製紙会社は「王子製紙」「富士製紙」。紙づくりには豊富な水と電力が欠かせません。豊富な水量で水力発電設備の設置しやすく、その両方の条件を満たす北海道に両社は相次いで製紙工場を設置、その工場への電力供給を図るために水力発電を立ち上げていきます。


ちなみにその時に導入したのが50Hz発電機。現在の北海道電力、東日本にありながら他とは異なる50Hzなのは、これが理由なんですね。

■写真出典:昔の水力発電所(GANLEF様)
http://ganref.jp/m/syasinbu/portfolios/photo_detail/919e8f9215aa89ab785bda860c518319


両社は熾烈な競争を繰り広げ、結局「王子製紙」が「富士製紙」を買収することで決着をみます。王子製紙の強烈なライバルであった、この富士製紙という会社。同社が傘下にもっていた水力発電会社は「大日本電力」という会社だったんですが、この大日本電力が所有していた電鉄会社が、実は「京王電気軌道」だったんですね。当時、京王電気軌道は東京電燈から買収した変電設備などを使って配電事業を開始、吉祥寺の街に初めての電力を供給した訳ですが、その裏にはこのような壮大なバックグラウンドがあったって訳です。


ちなみに「大日本電力」という会社、太平洋戦争直前の1941年に、産業統制の流れで交付された配電統制令で、北海道配電に吸収合併され、のちの北海道電力につながっていきます。実は関東バスの実質親会社たる京王電鉄は、実は全く関係無さそうにみえる「王子製紙」と「北海道電力」に、かつて縁があったという話です。


またまた











一方で吉祥寺の足として欠かせないのが「井の頭線」。現在こそ京王電鉄の一路線ですが、戦前は「帝都電鉄」と呼ばれた1つの電鉄会社。


そしてその大株主として君臨していたのが「鬼怒川水力」という電力会社だったんですね。井の頭線は、この鬼怒川電力の系列会社(帝都電鉄株式会社)により1933年(昭和8年)に開通した「渋谷線」が発端。初年度は渋谷~井の頭公園駅間、翌年1934年に吉祥寺まで全通した電車なんですね。ちなみに、この鬼怒川電鉄の系列にあった電鉄会社のもう1つが「小田急(小田原急行)」。戦前に小田急電鉄と帝都電鉄(井の頭線)が合併したのもこういう経緯からなんです。

その後、井の頭線京王電鉄の一員となったのは、戦前戦後の電力統制の観点から、京王の親会社である「大日本電力」が北海道電力に買収、配電事業が東京配電(現在の東京電力)に吸収されて経営不振に陥った当時の京王電気軌道を救済する意図もあったんですね。

ちなみに井の頭線を分離された小田急電鉄は、東急から箱根登山鉄道を譲り受け、以降の箱根開発の基礎を築いたって訳なんです。



と言う訳で










東京都下の路線バス経営に大きな影響を及ぼした電鉄会社。


これら東京都下における戦前戦後の交通再編を考えると、実は背後にある発送電会社の事情をしっかりと見ておくと、より話が立体的になりますね!という閑話休題でした。


いよいよ関東バス編も後半戦に突入します。では皆さん、よい夏休みを!

出典:
東京電燈
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%9B%BB%E7%87%88
日本発送電
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%99%BA%E9%80%81%E9%9B%BB