第75回 2017年の開園100周年に向けて!井の頭公園の歴史を追う(2)













井の頭恩賜公園


ということで始まりました井の頭公園特集。毎度「そもそもどんな公園?」ってあたりから入るのですが、Wikipediaに結構掲載されていますので、まず詳しくはそこをご覧いただくとして、その中でもあまり知られていないことや、それ以外のことを簡単に整理していきます。


<井の頭公園の特徴(Wikipediaより抜粋)>


・西園には、400mトラックと三鷹の森ジブリ美術館
・渡り鳥が多く飛来し、井の頭池にて越冬
・園内武蔵野市側の御殿山遺跡からは縄文時代の竪穴式住居遺跡も出土
・三鷹という地名にも残るように、徳川歴代将軍が鷹狩りを楽しんだ鷹場
・江戸市民にとっては、弁財天は信仰の地であるとともに、行楽地。


という公園なんだとか。






■インド象がいます


まず西園、それ自体が武蔵野・三鷹界隈の方でないとご存じでないかもしれません。また、実は井の頭公園エリアに「インド象」がいる、というと最初は驚かれる方も多い様です。









自然文化園、リピーターが多く新規が少ないという集客構造みたいですね。井の頭公園にある井の頭自然文化園は東京都の運営ですが、上野動物園や多摩動物園とは完全に別組織、西部公園緑地事務所が運営管理しています。予算人事も公園部門に組み入れられており、そのあたりが何か影響してるんでしょうか。今年」(2012年)6月の台風来襲でニホンリス展示施設「リスの小径(こみち)」からニホンリス30匹が脱走したことは話題になりました。

ここで注目したいのは自然文化園のリスが「ニホン」リスであること。シマリスでもタイワンリスとでもなく。飼育リスがニホンリスである所は井の頭自然文化園の生い立ちと無関係ではないかもしれません(ここは別途)。




■もののけ姫の世界


渡り鳥も井の頭池にたくさんいますね。この井の頭池、海抜は約50メートル付近なのですが、ちょうど武蔵野台地のちょうど東端(台地上の御殿山と台地下の井の頭池端では約10メートルの標高差があるんだとか)にあります。


関東ローム層したの粘土層の傾斜が緩くなる辺り、地下を流れ落ちてきた水脈が緩い傾斜で滞留・湧き出るという位置でもあります。確かに地図でみれば三宝寺池、石神井池、善福寺池などが。すべて台地との端境、谷頭の湧水でできた仲間の池ですね。そういえば「大泉」という地名もあります。



















 ■写真:国土地理院 標高地形図(1:25000)


またその昔、スタジオジブリの宮崎駿監督作品「もののけ姫」にも出てきました巨神「デイダラボッチ(大太法師)」がこのあたりに出現し、その足跡の水溜まりがこれらの池になった、という民話もあるんだとか。武蔵野市の横河電機のグラウンドが周囲の地表と比べて少し窪んでますが、それもそうなんだとか。

















神が宿るほど自然豊かな土地だったってコトででしょう。もののけ姫の世界がこの地で展開されていた(かも)とは、今では想像もつきませんが。





■軍事演習場の一面も


また公園内には御殿山遺跡という遺跡群があります。そもそもこの井の頭~三鷹市牟礼一帯は古くから渡来人の居住エリアであったという説がありますね。牟礼が変化して「集落を意味するムラ(村)」になったという説も。


そういえば井の頭池には「狛江橋」という橋があります。この狛江(こまえ)も渡来人の開拓地である「高麗(こま)」につながる言葉と無関係ではなさそうですね(文政絵図、1823年)。



















ちなみに吉祥寺の五日市街道脇にある武蔵野八幡宮は、奈良時代に活躍したかなり位の高い武人の古墳跡なんだとか(昭和の初めに整地されている様ですが、昔は古墳のためやや地盤が高かったとか)。実に吉祥寺村が開村する1000年前の話です。余談ですが。























 ■写真:東富士演習場の演習風景(自衛隊)


あとは井の頭公園があるこのあたりは江戸時代は徳川歴代将軍が鷹狩を楽しんでいた、という話、Blog de 吉祥寺でも以前特集しました。1674年に幕府が大砲の射撃実験を武蔵野・三鷹エリアでおこなって、4.4km先に着弾させたんだとか(三鷹市の歴史/赤木ぼく)。富士山麓、自衛隊の東富士演習場を彷彿とさせるエピソードですが、それほどの原野だったんすね。



ということで


Blog de 吉祥寺でも過去何度か井の頭公園の歴史をスポットで見てみましたが、ここで改めて井の頭公園の開園の歴史を振り返って行きます。そこには開園にかける熱い人達の思いと壮絶な歴史があったんですね。そのあたりをじっくりと探っていきます。